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yamadafont-感想

 

 

 

すごい力作を感じました。特に美術が。よくここまでがんばった。
小道具からセットからロケーションの場所まで。
金井勝(映画監督)
大正期の古い日本人の存在感が役者に反映されていて、というか
役者の個性がいい意味で現代とは一線画されていたように思え、
時の流れがゆったりとして、全編にあの世感が溢れていました。
また、随所に演劇的な手法もちりばめられていて、興味深く見せてもらいました。
ありがとうございました。
中里和人(写真家/東京造形大学造形学部デザイン学科教授)
寺山修司よりも洗練されてモダニズムの世界があふれてた。
最初は2時間20分長そうだと思ったのに、あっという間にみれました。
今時、珍しい手作り感のある映画で、ほんと、楽しめました。
北川れい子(映画評論家)
小シネマ系のオシャレな映画かと思いきや、
時代を変えたくても変えられない若者たちの土臭く切ないドラマ。
とはいえ、役者さんはみんな美男美女で眼福であるし、
死と生の狭間で革命を起こそうとしているにしてはどこか抜けている
可愛らしい革命家たちの奮闘は見ていて微笑ましい。
山田監督の効果音の使い方が漫画みたいで面白い。
ジンタらムータ&黒色すみれの演奏シーンも、勿論見どころです!
黒色すみれ(ミュージシャン)
一心不乱に生きることは至上であり美しい。
そして、美しい物語は恒久に生きつづける。
三角みづ紀(詩人)
言葉を奪われ、「テロしかない」そう思いつめる、悲劇の時代だ。
絶望的で悲しい。そして優しい。時には滑稽ですらある。
あまりに痛々しく愛しい。
なぜ、惹かれるのだろうか。
時代は似ている。「自分もやりたい!!」と思ってしまう。恐い。
覚悟して観てほしい。中途半端な気持ちで観たら、心が持ってゆかれる。
鈴木邦男(一水会・顧問)
「シュトルム・ウント・ドランクッ」〈山田勇男:監督〉は清々しい青春革命劇。等身大の大正の革命家という名のビンボーな若者たち。そこにはヒロイックなヤツはひとりもいない。滑稽だが必死に「現在」を生きるニンゲンがいる。
流山児祥(演出家/劇作家)
これは90年前のお話ではないぞ!
今の俺たちの物語であり、唄であり、ダンスだ!
フィルムからデジタルへと、武器をかえてもヤマヴィカワールドは健在でした。
スゲー!
村上賢司(映画監督/テレビディレクター)
梨の皮を号泣しながら分厚く剥くエミルは、
良いお母さんの様にも見える。
ギロチン社の面々は、なかなか要人を暗殺出来ないのだ。
なのに何故か呑気なのだ。
テロリストだけど呑気。
彼らは事あるごとに集まってメシを食う。
蕎麦をすすり肉鍋を囲むのだ。まるで家族の様に。
日本では革命が起きた事がないのだ。
甘粕大尉を演じているあがた森魚さんが特に素晴らしいです。
井口奈巳(映画監督)
今回、役柄の中で特筆すべきは和田久太郎を演じた吉岡睦雄。
唯一女性とのラブシーンがあるキャラクターである。
その際の演技は死を覚悟している状況ゆえか、鬼気迫るものが感じられらた。
また、作中で恋人・ミドリが『百合』の花柄の布団や、巾着を作るというエピソードがある。
久太郎は自分の好きな花だった事もあり、大変喜ぶのだが、このシーンに大変ときめいた。
この世に自分の好きな花について言及する男が何人いるだろうか。
ロマンティックな監督の着眼点にはいたく感動した。
ミドリの久太郎への正直な想いが読み取れるこのシーン。
レトロで妖艶なユリの柄と美しいミドリの肢体にも注目である。
全体を通しては、脇を固める豪華なキャスティングや俳優陣の演技もさることながら、
作中のロケ地や衣装、が魅力的だった。
大森泉(コミックビー7月13日売り号 掲載文より一部抜粋)
アナキストはテロリストと同義ではない。
が、一部市民は誤って、権力側は意図的に両者を混同する。
この映画は、1910年大逆事件での幸徳秋水に続き、23年甘粕事件で大杉栄が権力に不当虐殺されたことへ復讐を目論む、実在したアナキスト結社〈ギロチン社〉を描いた〝青春活劇〟である。
確かに彼らは強奪したカネを資金にテロを企て、大正の世を震撼させようとした。
しかし本作でそのテロルはことごとくずっこけギャグ的な〈嗤いの種(くさ)に貶められる〉。
相対的に立ち上がるのは、彼らの煩悶の、ときに屈託ない、自然で魅力的な表情の黒爽やかな軌跡だ。

それでも本作が犯罪者を美化する国賊プロパガンダとそしられ、例の混同を相変わらずこの21世紀に助長する可能性はあるだろう。
まさにそのリスクを取ることでしか、この思考停止社会にささやかな覚醒を求めることなど不可能。
それがこの作品の意思である。
それを劇中引用される石川啄木が補完している。
アナキズムを愛し、理論に危険性などないと断じた彼は、その上で、「ココアのひと匙」でテロリストの悲しみ、苦しみを理解する、とリスクを取って詠んだ。
テロの肯定ではなく、他の方策を絶たれた者の〝悲しきこころ〟に注意を喚起したのである。

表題の〝疾風怒涛〟の情念は、女郎が歌う「歌を忘れたカナリア」の頼りなげな希望を携え、メルヒェン的に時空を超えて遍在(Ubiquity)し……伝説のアナーキー・カフェ南天堂が現在に甦り、
そこでジンタらムータらが演奏する〝パーティ〟へとつながってゆく。
観る者はそこで、大正アナキストの精神はそのままに、また別の無血の祭りを踊ることに誘われる。

鈴木孝弥(『ミュージック・マガジン』2014年08月号)
『 やり過ぎ映画万歳 〜 シュトルム・ウンド・ドランクッ〜 』

久しぶりの満腹感だ。メイン・ディッシュがある訳じゃない。
全て前菜……?どれもが他のシーンを考えないでやり過ぎている。
どこも突出しようとして主張し合っている。気がつけば満腹感。昔ながらの日本の伝統料理だ。
それにしてもやり過ぎだ。表現のし過ぎだ。
……いつの頃からか映画から「やり過ぎ」が失われていった。
エロさやグロさは過剰な「サービス」として目にはつくが、映画そのものは滑らかで引っかかり無く流れていく。
それは表現じゃあない。その映画(その制作者たち)の表現の「やり過ぎ」は引っかかっていく。
固くて噛めないものも、そう簡単に飲み込めないことだってある。
だから映画‥‥じゃないのか!と山田勇男監督に恫喝された気がした。

しかし良く煙草を吸う映画だ。
いやぁ、これだけ煙草を吸う映画は『勝手にしやがれ』以来だ!
最近、昭和30年代を描いた映画を見て何か違和感がつきまとっていた。
……煙草を吸うシーンが無いのだ。
俺が子どもの頃、大人たちは乗り物の中でも煙草を吸って、煙草臭さを洋服に染み付かせて、大人を威張っていた。
早く大人になりたい!と、そう思わせた胡散臭さが無かったのだ。
ましてや大正ロマンに大人の胡散臭さと情けなさが充満するこの映画に、全カットの九割で見せる喫煙シーンが実に貢献している。
ここで嫌悪感を覚えた観客は出て行くだろう。やり過ぎだ!

そしてマッチを擦る音のでかさ。
言われてみれば、マッチを擦る音は危険で美しい。忘れていたことのひとつだ。
雨の中でライターの火がつかないのはただ情けないが、雨に向かってマッチを擦るのは戦いだ。
彼らの意思の音だ。フレームの外でも遠くでもうるさい音。
ここであきれた観客は見る意思を捨てるだろう。やり過ぎだ!

「やり過ぎ」なんだから美味くないところも消化できないところもある。
背広の仕立てが今風だとか、煙草が細くて吸い口がきれいだとか、気になるところでは夢から覚めてしまう。
だが次の瞬間に、誰もが持っている(憧れている)未練(日常)に対する心情的抵抗を形にしようとする
「やり過ぎの美学」が再び夢の中に(強引に)引きずり込む。
美的に拘ることはもちろんやり過ぎる。
出来ないことはやらないで別のアイディアに置き換えて、やっぱりやり過ぎる。
ラストへ向かう道筋は、かっての「映画」が得意としていた、非日常に一時踏み入る覚悟の形だ。
だから昔ながらの日本食に出会える。
「やり過ぎ」くらいが丁度良い。
やり過ぎの美学は、そこから予想できるものが崩れていく瞬間、いい意味で期待を裏切ってくれる瞬間が見えてくる。
少しぐらい上手くいかないところがあっても、ここは凄い自信を持ってるなと感じられる瞬間、
作っている人の本物の感情(素の感情)が見える瞬間っていうのは、嬉しいというより悔しい。
勝負だから、そこを逃がしたくない。
そう、やり過ぎくらいが丁度良いのだ。

他の映画に無いもので勝負しているんだから。
勝負って誰と?もちろん観客だ。
人がフレームに入ってくる時に馬の蹄の音がする違和感などは、映画が勝負を仕掛けているのだから受けて立てと。
それが映画と観客の関係だったはずだ(と敢えて過去形で書く)。
ストーリーを語ることに精一杯の映画(言葉で語れる映画)が氾濫する中、この映画はストーリーの中に世界への批評が溢れている。
常識を覆したいから映画するはずなのに……
パターンから一歩も出ようとしない映画が多いのは何故なんだろう……
お客の思う通りになって、良かった良かったって言ってる客が多くって、作り手もそんなお客にありがとうって思ってる……
客の手のひらに乗せられてるようじゃダメでしょう……
非常識を見せるのが映画でしょう……
何の根拠も無い妄想を形にするのが怖くって、お客に媚びるのはみっともないでしょう……
他でやっていることはできないけど、自分なりのことはできるってのが、他へ向けて表現するってことでしょう……と、
そんな言葉が映画の端々から聞こえてくる。

もちろんそれはギロチン社の彼らの生き様(死に様)でもあったのだと。

最後の蛇足。
それにしても、どの役者も育ちが悪そうで、コギレイで無い。
最近映画の人物がどれも清々しくって、刑事でもチンピラでも忍者でも生野菜食べて健康に気をつけているようで存在感が薄い、
つまりは映画的なリアリティ(嘘)に酔えないことが多い。薄汚くて弱いくせに意地張ってるような、彼らの存在感に万歳!!

ほしのあきら(8ミリ映画作家、多摩美術大学映像演劇学科教授)
山田勇男監督の新作を観た。
撮影、照明の、四宮秀俊さんの丁寧な仕事と技術に支えられた映像は、しっとりと、全体に濡れたような質感で、貫かれ、心地よかった!
特に、ラスト近くの障子のまえのシルエット。
二人だけになってしまったのかと思ったら。ひとり、また一人と、寝ていたのが座り込む。
中浜哲が障子を開けて外へ出て、障子を閉める、と、座ったままの人達とはまた別の影になるのだ!
シルエットと影の違いの質感は見事!
しかも、シルエットと影の大きさがなるべく同じ大きさに成るように、照明器具の位置、寺十氏の立ち位置に気配りがされているのだ。
効果音と、音楽が、小気味良かった!
アクセントとしての効果音のタイミングがおもしろい。
ゲストでは、ワンシーンながらも、昆虫採集少年の知久寿焼さん、
チェロの坂本弘道さんが印象的でした!音楽家は本能的に、存在感を見せつける業を持っているのか?!

衣裳も、とても美しくて素敵だ。
ロケ地選びが最高に良かった。
出て来る建物が皆良かったし、土の道筋、電信柱の続く湿地帯!
天野天街さんの屋台の飲み屋の向こうの沼か川。
何気無いセットも、リアリティがあって素敵だつた。
僕が助監督に着けなかったので、果たして山田監督作品は、完成するのだろうかと心配していたのですが、何のその、とても素敵な作品が完成していたので、安心しました!
スタッフ、キャストの皆さま、お疲れ様でした!
素晴らしい映画をありがとう!!

寺山偏陸(演出家/デザイナー)
物質感のうすい今日この頃、場所や物の気配がみちみちており、心地よかったです。
マッチ、煙草(缶入りエアシップを開ける音!)、壜など、オブジェのきらめき。
それに不発弾の人々も物みたいで面白かったです。
時空を超えた中性っぽい少女エミルの蕎麦を食べてみたい。
山田勇男さんという少年が作った「宇宙模型」のような映画、祝祭の映画だと思いました。
寺村摩耶子(絵本研究/足穂LOVE)
昨夜「シュトルム・ウント・ドランクッ」初めて観る。
心に染み入る映像美はさすが山田勇男監督。
とても丁寧に創られた映画で期待以上だった。
役者さんたちも好演熱演。
悲しきギロチン社の男の子たちが抱きしめたくなるほど可愛い(いじらし)かった。
幾度もハンカチで鼻水おさえた。
うらたじゅん(twitterより)
山田勇男監督「シュトルム・ウント・ドランクッ」は、彼の劇場用では一番面白かった。アート肌の彼にしては最大のエンタメでした。
古道具上海リル(twitterより)
『シュトルム・ウント・ドランクッ』で描かれる「ギロチン社」の命名の裏には
「この世から首になった連中ばかりだ」との「理想」があった。
消費社会のサイクルを抜け出せずにいる私たちの乏しい活力から彼らのような「理想」は生まれるのだろうか。
Acclaim Collective(twitterより)
「シュトルム・ウント・ドランクッ」関東大震災をまたいで
監督:山田勇男/企画:高野慎三 ハンカチにぎりしめて鑑賞。
俳優さんたち、とてもよかった。
白石ちえこ(twitterより)
映画「シュトルム・ウント・ドランクッ」を観に渋谷へ。いや〜、おもしろかった〜。なんだろ、このギロチン社の若者たちの身近感。シュールなストーリー展開だけど、上から目線のアート感でもなく、お説教っぽくもなく、ギロチン社の若者たちと現在が直線で繋がったカンジ。
Caf_★Lavander_a _@kilowatio100501 (twitterより)
ユーロスペースにて山田勇男監督の「シュトルム・ウント・ドランクッ」鑑賞。十数年前に少年王者舘の芝居でファンになった中村榮美子をスクリーンで見られてうれしい。松浦エミルという役。この名前には足穂の「弥勒」の江美留よりも「彼等」の松浦さんを思い出す。映画の松浦さんもはかなげでよかった。
山崎健二 _@notarico (twitterより)
「「シュトルム・ウント・ドランクッ」観賞。面白かった。ヒロイックな革命青年は誰も出て来ない。結局のところ彼らは何の「成果」ももたらさなかった。ただのエネルギーのうねり。
ワダ _@spy_in_the_cab (twitterより)
『シュトルム・ウント・ドランクッ』、舞台挨拶での監督の言葉「この映画に見どころは無いんです。もともと見どころを作ろうなんて思ってやっていない。観客の数だけ見どころがある、それでいいんです」。この映画を端的に云い表すならば、これだと思う。換言すれば、全てが見どころになる、そんな。
一反木綿 _@desertcarrot (twitterより)
「シュトルム・ウント・ドランクッ」を。夏の夜に迷って、見知らぬ時空へ。万雷に釣られ、空に打ち上がったと思いきや、眼前には今にも消え入るような線香花火。祭りの後はいつも、心が空っぽに感じる。苦々しくわたしを見つめる、男たちの顔ばせ。どうしてあなたはそんなに、拳を握りしめるの。
aki shio _@autumntide (twitterより)
映画『シュトルム・ウント・ドランクッ』。ギロチン社の男たちのダメダメっぷりに最初はため息ついて見ていたんだけど、そのうちに胸がつまってきた。ずっこけ『ワイルドバンチ』。ダメダメでいいのよ、せいいっぱい、死ぬまで生きましょう。
那波かおり/NAWA, K _@kapponous (twitterより)
「少年王者舘の風味も漂う「シュトルム・ウント・ドランクッ」だが、芝居の生舞台とは違う映画という永遠性。標本箱のように、同時代を生きる個性の強い好きなひとびとが出演している祭のような楽しさもあり。ユーロスペースの音響が、きわだっている。金属音、古いピアノの音。。。
Toshimi Yoshida _@NeverGirls (twitterより)
「シュトルム・ウント・ドランクッ」終盤にオカッパ少女服姿で夕沈さんが踊るダンスは、村山知義がドイツ留学時代に熱をあげたノイエ・タンツの舞姫ニッディーの再現だったろうか。村山役は原マスミ。あがた森男や佐野史郎も役にはまっていた。史実の熱さ辛さも非凡な映像美と音楽が包み込んでくれて。
Toshimi Yoshida _@NeverGirls (twitterより)
さる方面に不義理して、どうしても見たかった「シュトルム・ウント・ドランクッ」に。よかったな〜。演劇的演出がするっと飲み込めない感じもあったけど(20年以上の山田監督のファンだから、それも納得づくではあるのだけど)、情けなくも等身大のギロチン社の描かれ方は、とっても「今」を感じた。
ayunonmam _@ayunonmam (twitterより)
ユーロスペースで『シュトルム・ウント・ドランクッ(疾風怒濤)』を観てきた。大正の若きテロリスト集団が生きる理想と幻想の狭間を、超現実的でシュールな世界観と刹那的で生々しい人物像を混ぜ合わせる演出で描き出す。その混在する躍動感がワルシャワ労働歌とともに現代日本にも流入してくるのだ。
space arrow _@uchunohate (twitterより)
今まで映画を見てもロケ地に興味なかったんだけど、『シュトルム・ウント・ドランクッ』のロケ地は行ってみたい。エンディングロールでは深谷とか国立とか書いてあったけど
さとうかなへ _@sakanahe (twitterより)
「シュトルム・ウント・ドランクッ」無政府主義結社「ギロチン社」の若者たちを描いた大正ロマンチシズム溢れる独創的な一作だった。形而上的な挿入カット、過剰なる効果音、歪な編集など、頑なに映画の類型からの逸脱を試みているその精神は、ギロチン社そのものであって、孤高の美しさを湛えていた。
HosoyamaTomoaki _@Hosoyama_T (twitterより)
「『シュトルム・ウント・ドランクッ』観る。関東大震災のシーン直後に本物の地震が。大杉栄と仲間のやがて哀しき革命家たちの群像劇。洒脱さと野暮ったさがメタ的な場面も併せ、絶妙の配分で描かれていた。ときにピュア過ぎて暑苦しくもなる俳優陣の演技も、鼻につく類いのものではなく好感がもてた。
浮き雲 _@ukigumo1975 (twitterより)
『シュトルム・ウント・ドランクッ』 大正、アナーキスト、タバコ、革命、酒、淫売、障子、テロル、憲兵、花札、ピストル、出前、国家、マント、爆弾、布団の花、ビラ配り、キャラメル… こういう世界観にピンときたら是非観て欲しい映画。
タクト@ホビット〜決戦のゆくえ _@bedtown0922 (twitterより)
「蒸発旅日記」でお世話になった山田勇男監督の「シュトルム・ウント・ドランクッ」を見てきたよ。 山田ワールド全開!
コスモス子 _@cosmosco55 (twitterより)
映画『シュトルム・ウント・ドランクッ』。情けなくて、バカバカしくて、自由で。そんな愛すべきものたちと、これからはお別れしなくてはいけないのか、と、ふと今の時代を思い、寂しくなった。
かおる _@u_u_rara (twitterより)
みめも『シュトルム・ウント・ドランクッ』疾風怒濤に奔ってみれば世界のずれる音がする。「所詮、この世を馘になった身」男達の浪漫的デカダン。何をやっても上手くいかないおかしさとサークル活動的明るさに、やがて血は流れる。アナーキーインザJP
al(湯気村あたる) _@8spiral8 (twitterより)
あとこないだ観た「シュトルム・ウント・ドランクッ」は、役者が知っている顔ばかりで不思議な感じがしたよ。時代は大杉栄のころなのに、なんというか距離と時間が狂ってるみたいな
たつみや _@tatsumi_ima (twitterより)
愛おしく不器用で魅力的な不良たちにたくさん会えた 時空を超えて、大正期の抵抗者たちとわたしたちが役者の肉体を通じて、シンクロし、交わったやうな ヴィヴィッドな白昼夢 上映後、いつもは吸わないわたしも、貰い煙草に火をつけた シュトルム・ウント・ドランクッ! また、見たい!
ACHAKOV _@A_S_A_N_T_E (twitterより)
映画『シュトルム・ウント・ドランクッ』。印象的というか実験的な効果音や演出が多々あるけど、あれは何だったのかしら。ジェット機のエンジン音とか銭湯の看板の戦後っぽさとか、どう解釈していいか。しかし演者がすごくしっかりしてるので長尺もさほど飽きずに観られた。吉岡睦雄がものすごくいい。
ngskt _@ngskt (twitterより)
「シュトルム・ウント・ドランクッ」鑑賞。髪型とか、タバコを断る際の「大丈夫です」というイマドキの嫌な言葉遣い等細かい部分が気になったが、ラストがああなった(?)のでそれもありかと思った。大枠でとても面白い映画だった。久太郎役の吉岡隆雄さんに惚れた。
七戸優 _@M_Shichinohe (twitterより)
「シュトルム・ウント・ドランクッ」。青い障子に浮かんでいく大正末期のアナーキストたちの影がきれいだった。影のなかに漂うものが語る。あの映画に描かれている政治の気配は、政治とは無縁の永遠に変わらない美しいものたちを組み合わせて形作られた影絵のように思えた。美しくて儚い姿。
ちよ _@nagiknowha (twitterより)
「シュトルム・ウント・ドランクッ」ユーロスペース。30年程前にアングラ芝居をよく見ていた時期があり、懐かしい気分で鑑賞。「ギロチン社」の行く末は悲劇だけれど、映画はユーモアもあって暗い気持ちにはなりません。何よりソフトなファシズム化が進む今、この映画が作られた意味は大きいです。
eigajikou _@eigajikou (twitterより)
『シュトルム・ウント・ドランクッ』、もう間に合わないかと思ってイロイロ予定ぶっちぎって観に行ったけど、それでも、ほんと良かったんだけど。エンディングのマルタさんのうたで、「これ、青春映画だったんだ!!」と気づいてから、その眼で、アタマからもいちど観たい。
ヤマダナナ◆ななちゃんねるのひと _@closetique (twitterより)
「シュトルム・ウント・ドランクッ」鑑賞。青春映画だという感想をチラと見かけていたけど、ああそうかも、と思った。愛しくもなる滑稽さとか、かすかに幻想的な感じとか好きでした。あと音の使い方が独特。ラストの白崎映美さん(上々颱風vo)の登場、嬉しかった!
AYACHI〈タニダアヤ〉 _@ayaT_felicha (twitterより)
吉岡睦雄さん演じる和田久太郎の表の顔とは違う、ロマンティックで繊細な秘めた顔、シーンに惹かれた。ロマンチストは時に危険であり、それを共感持って見入っていた。
y-sakata _@yutukasakata (twitterより)
卑屈なせいか、成功物語や願い成就系の舞台や映画にはあんま惹かれなくて、どうやっても上手くいかない、不幸の連続みたいな昨日観たシュトルム・ウント・ドランクッとか東京プレイボーイクラブとかそういうののほうが心に馴染む。セレブが贅沢に遊ぶ〜とかよりは日本酒の瓶から雫が落ちるようなやつ。
misora _@lalalamisora (twitterより)
初物の梨を剥いたらせつなくなったよ。これから毎年思いだすのかな。『シュトルム・ウント・ドランクッ』がもいちど渋谷でかかるのね。嬉しや。どこかで二度目を観にいかれるといいな。
ちよ @nagiknowha (twitterより)
『シュトルム・ウント・ドランクッ』たいへん楽しく観たのでした。とんでもない映画でした。異次元ループの世界に迷い込んだよう。擬音が素敵でした。
竹原 真由美(おたけ) @takeharamayumi(twitterより)
映画『シュトルム・ウント・ドランクッ』は鈴木清順監督の『ツィゴイネルワイゼン』とか『陽炎座』とか好きだった人はハマるかもね。描かれてる内容はひとまず置いといて画面の作り方とか撮影がすごいので映像派の人は見ておいて損はない。
GertieTime @GertieTime (twitterより)
昨日は静岡で『シュトルム・ウント・ドランクッ』を観てきた。大好きな鈴木清順監督の世界を髣髴とさせる映像美。好きな人にはたまらないキャスト。映画のラストは切ないのに、画面の中に入って一緒に踊りたくなるような高揚感。苦手な人は苦手かも、だけど、私はもう一度観てもいいな。
Kimura Masae @masae71 (twitterより)